ヨガはがんばると、体によくない!~その③

2015年3月17日

Acro Yoga Chiang Mai山焼きが始まって煙っているチェンマイからこんにちは、
フィットネスコラム担当のクディウク麻衣子です。

空気が悪いと、空気をたくさん吸いたくないので、
呼吸法の練習はしないでください、という方がいらっしゃいますが、
反対です。空気が悪い時こそ、呼吸法を使って、
常にプラナ(良い気)で体を守れるように、
呼吸の状態をベストにしておいたほうが、体を守ってくれます。

さて、今週も引き続き、ヨガをがんばると体によくない理由をお話していきます。
先週お話したように、ヨガにはアシュタンガ(8つの足)という、
この世界にバランスよく生きるためのコツを教えたものがあり、
クモのように8本足があれば揺ぎ無い…ということからアシュタンガと呼ばれます。

その8つを今日は細かく解説していきます。

① ヤマは「禁戒」という風に訳されますので、
頑張り屋さんはこれを守らなければならないものと捉えてしまいます。
でも本当は「やらないほうが人生が楽になること」です。

② ニヤマは「勧戒」という風に訳されますので、
頑張り屋さんはこれをやらなければいけないもの、と捉えてしまいます。
本当は「やったら人生が楽になること」です。

③ アサナはヨガのポーズの練習のことも指しますので、
一般にヨガのポーズがアサナだと思われますが、
「姿勢」という意味ですので、生きる姿勢そのもののことです。
マットの上だけでポーズが決まればいいというものではなく、
日常生活の中で心身の姿勢が心地良く保たれることを指しています。

④ プラナヤマは呼吸のことです。呼吸は自分とこの世界を繋ぐ架け橋です。
その呼吸が安定して心地よいものであれば、心身も安定し、
社会との関わり方も健全になると考えます。
呼吸は人生を映し出す鏡。それを無理やりやると、
無理やりに生きようとしているのと同じです。

⑤ プラティヤハラは「制感」と訳されるので、
自分の感覚を抑えたり、コントロールしたりすることのように聞こえますが、
外の世界のことを気にせずに内側を見る、観察力を育てることを指しています。

⑥ ダラナは集中力のこと。無理やり集中しようとするものではなく、
外の世界のことが気にならなくなると、
自然と内側の世界に集中していられるようになる、ということです。

⑦ ディアナは無心のことですが、自分の内側の声、体の声・心の声を聞き始め、
外の声が気にならなくなり、集中力が生まれると、
声を聞いてもらって満足した自分の内側は満たされ、
自然に心の中が静かになり、無の瞑想状態が訪れます。

⑧ サマディは悟りの状態のことですが、ヨガの言葉を使うと
意識の一番奥にある、アナンダマヤ・コーシャに触れることです。
アナンダは普遍の幸福と言う意味です。
マヤは現象を作り出す力、コーシャは入れ物と言う意味ですので、
意識の一番奥にあるものは、いつも幸福感に満ちている状態
とヨガは教えています。

この八つを見ていただいて分かるように、
ヨガ・スートラのどこにも頑張れ!とは書いてありません。
その代わり、幸せの見つけ方が書いてあります。
それは、リラックスして身をゆだねること、
自分の中の心地よさに集中できると、幸福感が訪れる、
そんなことが何千年も前から残されている
わたしたちへのメッセージです。

どうぞがんばらずに、リラックスして、自分の内側の声を聞いてあげてください。

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

このエントリーをはてなブックマークに追加
Copyright(c) 2013 Hearty Woman. All Rights Reserved.